熊本の窯元を巡り、そのつくり手をご紹介する「熊本、うつわ便り」。10回目となる今回は、熊本の伝統的な焼きものについて改めて考えてみます。
熊本県伝統工芸館の学芸員・池田昌一郎さんは「かつて熊本には工芸品の問屋制度が定着していないところが多く、人々は窯元から直接焼きものを買うのが一般的でした」と言います。作る人と使う人との距離が近く、その関係性の中で育まれてきた熊本の焼きもの。その歴史と特徴を、池田さんに語っていただきました。
細川家の肥後入国を機に 熊本での窯業が始まった
熊本の焼きものの歴史を語る上で欠かせないのが、細川家の存在です。諸説ありますが、近世の熊本の窯業は、約400年前に加藤清正、細川忠興とともに日本に渡来した朝鮮の陶工(陶磁器を作る職人)たちから始まったと伝わります。
豊前(現在の福岡)小倉藩主だった細川忠興は、父親の藤孝(幽斎)と同様に文化や芸術を愛でた人物。忠興は陶工・尊楷(そんかい、後に上野喜蔵と改名)の作品を気に入り、家来にして自身が治める上野(あがの、現在の田川郡福智町)に窯を築かせました。
忠興はその後、1632年に細川家が領地移転で肥後へ入国する際にも尊楷をともない、自らが暮らす八代に新たに窯を築かせます。これが高田(こうだ)焼(八代焼)の始まりです。尊楷の没後は息子たち(上野忠兵衛と徳兵衛)が窯を守り、明治維新前までは肥後藩の御用窯(藩が献上品などを作らせるために開いた窯)として保護されてきました。
また、同時期に発達したのが小代(しょうだい)焼です。細川家の肥後入国のタイミングで、忠興の息子・忠利とともに牝小路源七と葛城八左衛門という二人の陶工が豊前から移り、小岱山の麓に登り窯を築いたことから始まります。彼らも肥後藩の御用窯として茶道具を作ったほか、ふだん使いとして多くの生活雑器も世に送り出してきました。
江戸時代、他の藩の大名たちも御用窯を持っていましたが、細川家のように藩主自身が焼きものを愛で、育てたのは珍しいケースです。細川家では茶の湯や和歌、絵画といった文化、芸術を重んじる姿勢が代々受け継がれ、各時代の当主自らも文化人として名を馳せてきました。
かつて熊本には、美濃や瀬戸、有田のような規模の大きい焼きものの産地は存在せず、作り手の数も、他の地域に比べると決して多いとはいえません。それでも宇城の松橋焼、宇土の網田焼、それから天草の水の平焼、高浜焼、丸尾焼などのように、小規模ながらも個性ある窯元が地域の特性を生かしながら確かな発展を遂げてきました。近年では個人で焼きものを作る作家の数も増えています。
時代とともに少しずつ変化し 時時の暮らしに息づいていく
高田焼は独自の装飾技法「白土象嵌(ぞうがん)」が特徴です。成形した土がまだ乾ききっていない状態でヘラで細かな文様を掘り、へこみに白い土を埋め込むというとても手間のかかる技法です。そこに透明な釉薬(うわぐすり)をかけて焼成すると、素地(そじ)に含まれる鉄分で上品な碧色(へきしょく)に発色します。
今ある高田焼の窯元は、上野窯、竜元窯、伝七窯の3軒。そのうち上野窯は尊楷から400年続く高田焼の宗家です。現在は12代当主の上野浩之さんと13代目の上野浩平さんが親子で窯を守っています。
小代焼は小岱山付近から採取される小代粘土で作られます。鉄分と小石粒を多く含む粗い土で、小代焼の特徴の一つであるざらりとした肌合いはこの土に由来します。釉薬は藁や木、石などの自然の灰で作られ、この釉薬の配合と濃度、焼成方法の違いによって、青小代、黄小代、白小代と呼ばれる微妙な発色が生まれます。素朴で力強い作風が基本ですが、近年では端正なフォルムのものを作る窯元も。
民藝の世界を確立させたといわれる井上泰秋さんが当主のふもと窯をはじめ、現存するのは11窯。そのほとんどが親子で窯を継いでいます。
400年以上の歴史を持つ高田焼と小代焼は基本的な技法を守りつつも、それぞれの作り手が自身の感性で表現を模索し、時代とともに少しずつ変わり続けてきました。例えば高田焼 竜元窯の江上晋さんは文様を土で埋めずに釉薬のみで透明感を出す作品を発表しています。また、小代焼 ふもと窯の井上尚之さんはイギリスを原点とするスリップウェアの技法を取り入れたうつわを作り、全国的に人気を博しています。
しかし、県内には廃業した窯も数多くあります。窯元が焼きものを作り続けていくためには、私たちユーザーがその作品を日常で使い続け愛用していくことが必要です。まずは熊本のうつわを一つだけでも食卓に取り入れ、使い続けることで変わっていく表情の変化を楽しんでみてください。きっと、もっと、作り手のことを知りたくなるはずです。
■熊本県伝統工芸館
住所:熊本県熊本市中央区千葉城町3-35
問合せ先:096-324-4930
会館時間:9:30〜17:30
休み:月曜
URL:https://kumamoto-kougeikan.jp
(取材・文・撮影/三星 舞)
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