熊本の窯元を巡り、そのつくり手をご紹介する「熊本、うつわ便り」。2回目は、植木町在住の陶芸家・齊藤博之さんです。
齊藤博之さんは、ちょっと変わった経歴の持ち主です。20代後半まで花屋など陶芸と関わりのない仕事をしていましたが、あることをきっかけに「一生の仕事とは何か」を考えて陶芸の道へ。以来、自分のスタイルを追求し続けており、現在は全ての取引先への出荷を停止中。納期に追われていた日々から距離を取り、自分と、土と向き合う時間を過ごしています。
“拾った命”を燃やして 独自に進む陶芸の道
1月のある日、齊藤博之さんの工房『玄窯』を訪ねました。築105年の納屋を改装した工房の屋根には雪がちらつき、1匹の猫が出迎えるようにこちらを見ています。寒気に背中を押されるように中へ入ると、齊藤さんが熱いお茶を振る舞ってくれました。
齊藤さんは1978年、熊本市生まれ。スタイリッシュな男性で、都会的なスマートさを感じます。20代後半までは防水工事会社勤務や花屋を経験し、陶芸と関わりのない仕事をしていたそうです。齊藤さんは当時を振り返り、「ある時“自分にとっての一生の仕事とは何だろう”と考えたことがありました」とぽつり。ものづくりで生計を立てることができたらと思うようになり、以来、工芸や芸術の情報に意識を傾けるようになったそうです。中でも惹かれたのが、ドイツ出身の陶芸家、ハンス・コパーでした。
「土器にも似たような作風で、完全なオリジナリティを確立させていると思いました。伝統を継ぐのではなく、自分のスタイルを追求しているところにかっこよさを感じたのです」。
そんな時、齊藤さんは体調を崩し、生死の境をさまよう事態に。ICUで治療を受けながら「命が助かったら好きなことをしたい!」と考えました。そして無事退院の運びとなり、最も興味のあった陶芸の道に進むことにしたのです。
しかし、全くの未経験からのスタートだったため、具体的に何をすればよいのか分かりません。現代の陶芸家は学校やプロの元で基礎を身につけるところからキャリアを始めるのがセオリーですが、齊藤さんは「拾った命。ダメでもともとなのだから、自分の力でやってみよう」と決心。まずはネットオークションで電動ロクロを落札します。それから実家の一室にブルーシートを敷き詰めて“工房”を作り、youtubeの動画を見ながら見よう見まねで陶芸の技術を習得していきました。土が形になり始めたら電気窯を購入し、焼いてみて…。同時に、社会人時代に培ったコミュニケーション能力を駆使して販路を開拓。すると、花器の注文が舞い込むのでした。
縁あるものとはトントン拍子にことが進むと言いますが、齊藤さんと陶芸もその関係性のようです。花器を焼くための大きな窯を貸してくれる人を探したところ、とある男性にたどり着きます。その男性は齊藤さんにこう言いました。「私はもう歳を取ったので、この窯を引き継いでくれませんか?」この男性こそが『玄窯』を立ち上げた古守玄さんで、齊藤さんはひょんなことから窯と屋号を譲り受けることになったのです。
陶芸で世界とつながる 誰かの役に立てるように
齊藤さんの器は、エッジが効いた無駄のないデザインが特徴です。どこかカッチリしているので、食卓の印象を引き締めてくれます。大理石のような独特な肌合いのフラットプレート、力強さと軽やかさが同居する粉引きの鉢、絵画のような装飾の皿…。作風は幅広く、同じ人が作ったものなのか判断に迷うほど。ですが、すべてに共通するのは“かっこよさ”。齊藤さん本人とも通じるところがあるような。
陶芸を始めてもうすぐ10年。展示の機会も、作品を扱うショップも増えてきました。しかし、2020年暮れの個展を区切りに、全ての取引先への出荷を停止しています。工房に併設しているギャラリーで直売は続けますが、積極的に販売しようとはしていません。「作って売るというシステムは大切な経済活動ですが、いつかは限界がくるように思えて。納期に追われている時、大切にしたい工程が作業になってしまっていることに気づいて、このままだと器を手にしてくれる方をがっかりさせることになってしまうのでは…と考えたからです」。現在、齊藤さんは自分と、土と向き合う時間を過ごしています。「ハンス・コパーへの憧れはまだ胸にあるけれど、同じことをしても意味がありません。どんな作品を作るかということよりも、今は、陶芸を通して誰かの役に立ちたいとの思いの方が強いのです」。
そこで『玄窯』では、一般の方を対象にした陶芸教室を開いています。特に年齢制限は設けておらず、母親と一緒の作業であれば3歳児でも受け入れているそうです。「幼い子でも自分で作った器にはちゃんと愛着を持ってくれるんです。そこから、“器が割れてしまったら悲しい”“物を大切にしなきゃ”という意識が芽生えてくれたら嬉しい。そういった小さなことから世の中が変わるのではないかと信じています」。
使ってみました!
齊藤さんの作品に料理をのせてみました。人気のフラットプレートは無駄のないデザインで料理の邪魔をせず、一方で洗練された印象を与えるため食卓にもぴったり。光の加減でさまざまな表情をみせるニュアンスカラーも印象的です。
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